後悔と慟哭と・・・

  • 2015/01/31(土) 23:37:02

最近、ご主人を3か月前に亡くした方のお話を聞いた。

彼女はまだまだ涙の真っただ中。

闘病中の夫がどれだけ苦しかっただろうか、

自分はちゃんと夫に寄り添ってあげられただろうか、

すべてが後悔になってしまう。

そして、自分自身の心も身体も動かなくなっていき、

ついに自分自身を否定したくなっていく。

そんな時に、10か月も前にだした私の広告を覚えていてくれて鑑定を申し込んでくれた。

私は何回かに分けて彼女の身に起きたことを聞くことができた。

もう想像以上。

医療側の無神経な言葉の告知で始まったこの闘病の、人の心をむしばんでいく様子を私は耳にした。

彼女は言う。

人が死ぬことってすごく大変なんですよ。

夫は言いました。

抗がん剤治療は俺には合わなかった。あれは、間違っていた。つらかったって。

もうしないでくれって先生に言ってくれ・・・

でも言うまでもなく、まもなく夫は逝ってしまいました・・・

最後まで闘い抜いたけれど、もっと楽に逝かせてあげられなかっただろうか。

彼女の後悔は尽きることがないように見える。

生きると言うことは、死に向かっていくということだ。

私たちは選択の自由がある。

しかし、いざその時、勇気をもって自分の心に従った選択ができるだろうか?

医療側の人と、周りの家族、親族が信じる常識と戦って、自分が正しいと信じる選択ができるだろうか?

そのために、たくさんの知識をつけておかなくてはならないだろう。

私自身は、もし病気になっても病気と戦いたくないから、緩和ケア病棟を選ぶだろう。

でも夫は・・・?

話し合っておく必要があると思った。

子供たちにも伝えておかなくてはならないだろう。

大事な家族に後悔させたくないから。


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