綿々と続く時代のなかで「永遠のゼロ」

  • 2013/12/23(月) 15:28:45

久しぶりに戦争と向き合った自分。

ベストセラー小説のこの原作を理由があって私はまだ読んでいないのに、まず映画から入ってみました。

超ネタばれです

  *     *     *

妻子のために自分は死にたくない、必ず帰ると言い続ける男、宮部久蔵。

己を捨て、国のために死ぬことが美徳とされたこの時代、悲しみや苦しみを胸の奥に隠して敵を一矢を報いることが名誉だったこの時代に、どんなに蔑まれても、謗られても、殴られても「生きる」と言う宮部は何より命の重さを知る男だった。

ある者は彼をひきょう者と言い、ある者は彼に嫌悪を抱く。

それでも彼は「生きる」ことに固執する。

訓練中の事故で亡くなった学生を上官は「たるんでいるからだ」と罵倒するのに対し、教官だった宮部はどんなに殴られても「伊東少尉は立派な男でした。軍人の風上にも置けない男ではありません」と言い続ける。

どんなに上手く飛行できるようになっても宮部は学生たちに「可」を与えず、いきり立つ学生たちに命の尊さを説く。

そんな宮部は誰よりも上手いゼロ戦乗りだった。

しかし教官である彼は、教え子であるにわか仕込みの特攻隊員達が敵に撃たれ、敵母艦に届きもせず海の藻屑と消えて行くのを見続けていくうちに参ってしまい、ある決意をする。

何より大事な妻子を他のものに託し、自分が特攻に志願する。

自分なら敵の攻撃をかいくぐり、敵の母艦に突っ込めるのがわかっている宮部だった。

  *     *     *
つらくて哀しい物語。

そして劇中のセリフにもあったように、「つらくても物語は続けて行かなくてはならない」

そう、今この時も物語は綿々と続いている・・・

戦争下で何より「生」を渇望しても叶わなかった人々の思いを私たちは忘れないようにしなければならない。

私ごとになるけど、ヒプノセラピーによって私の子が過去世でゼロ戦乗りだったことが解ってから、私はこの原作がどうしても読めなかった。

終わった過去世であることはわかっていても、過去世における幼いころのやさしげな様子が現世の私の子と瓜二つで、どうしても同一人物のように思えてしまい、

今は戦争のない平和の日本だと言うのに、何より本人が現在、人生を精一杯楽しんでいると言うのに、

それでも私は我が子を死神にとられてしまったようなやり切れない哀しさが押さえられない。

愚かだとは思うけれどどうにもならなくて、劇中のゼロ戦に乗っている若い人の姿を目にするだけで涙が止まらなくなってしまって、映画の最初から最後まで泣き通しだった

あのヒプノの夜から「私の永遠のゼロ」は始まっていたのだと思う。

でも映画を見ることによって、ちゃんと百田さんの原作と向き合える心づもりが出来たので、

今から原作を読もうと思っています。






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