恋うる子!

  • 2012/06/10(日) 11:00:07

香川照之さんが歌舞伎デビューをした。

この人はうまい演技者だと思うのだが、50近くになってすごいことに挑戦したものである。

この人は 長きに渡り父猿翁さんとの確執が伝えられてきた。

聞けばそれはつらい日々だ。

抱えきれないほどの花束を持って初めて父の楽屋を訪れた日、父に「おまえは私の子ではない。お前を捨ててから私の人生は始まったのだ」とあり得ないほどの冷たい言葉を投げかけられる。

香川少年の心情はいかばかりだったろう・・・

そして父の心は・・・

この冷たさほど父と母の確執は深かったということなのか。

それにしても実の子に向けての言葉とは思えない。

大人たちの深い修羅が子供に向けられたのだ。

そしてそれでも香川少年は後ろの客席で父の舞台を時々見ていたという。

きっと少年は歌舞伎役者としての父を尊敬もしていたのだろう、憧れてもいたのだろう、

いつかは自分も歌舞伎役者として、父の実子として父の名跡をつぎたい、と。

当然のことながら父を憎んでもいたはずだ。

そして少年は父を恋うてもいた・・・

東大という最高学府を卒業して、あの時代いろいろな選択肢があったはずなのに、別にやることもないからと役者の道を選んだのも、僕はここにいるよと自分を認めてもらいたかったのだろう。

だから代々本名の名前に使う「政」の字を息子にも付けたのだ。

自分が叶わなくてもわが子にこの名跡を継いでほしいと。

その思いに手を差し伸べたのは 父の後妻である藤間紫さんだそうである。

そして香川さんの練習中に再会した猿翁さんは浜さんに「息子をこんなに立派に育ててくれてありがとう」
と言う。

襲名披露で 猿翁さんは「浜木綿子さん、恩讐の彼方に、ありがとう」と言った・

氷が溶けた瞬間・・・

まさに「恩讐の彼方」ともいうべき時がたっていた。

50近くなってからの歌舞伎デビューに関しては賛否両論あるだろう。

だけど香川照之という人のこの執念が、これからも歌舞伎社会に一石を投じてくれるだろう。

父猿翁がスーパー歌舞伎で古典歌舞伎に一石を投じたように・・・

それにしても市川中車の初めての舞台が「ヤマトタケル」とは。

少女のように美しい皇子ヤマトタケルは実に残虐に兄を殺し、地方豪族をを征伐する。

しかしその残虐さゆえに、父帝はヤマトタケルを恐れ忌み嫌う。

ヤマトタケルにしてみれば父の言う事を忠実に実行しただけなのに。

なぜ父は私に冷たいのですか?  なぜ私を嫌うのですか?

英雄ヤマトタケルは失意のうちに命を落とす。

この神話に香川さんは自分を重ねていたのだろうか?

香川少年のつらかった思いが涙を誘う。

私は祈る。

世界中の人々の心に巣食う「修羅」の氷が溶けますように・・・

関連記事
スポンサーサイト

トラックバック

この記事のトラックバック URL

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

まとめtyaiました【恋うる子!】

香川照之さんが歌舞伎デビューをした。この人はうまい演技者だと思うのだが、50近くになってすごいことに挑戦したものである。この人は 長きに渡り父猿翁さんとの確執が伝えられて

  • From: まとめwoネタ速neo |
  • 2012/06/11(月) 05:37:56

この記事に対するコメント:

この記事にコメント:する

管理者にだけ表示を許可する