伝授☆

  • 2017/04/06(木) 11:17:09

イエス様は、あなたの話している相手の目の中に私を見なさい、と仰っていました。

そこに答えがもたらされると。

昨日お世話になっている真言宗の住職さんのお話で、とても納得できるお話をしていただきました。

ああ、まさにこのことだったんだ。。。


いきなり仏教界のビッグネーム、最澄と空海の話から始まります。

最澄が空海に結縁灌頂(最澄が空海に弟子入り)したことから話は始まります。
大同二年、唐より帰国した空海が伝法灌頂(阿闍梨になるための儀式)を受けていたため(最澄は入唐8ヶ月で帰国したため伝法灌頂は受けていない)、空海に弟子入りします。
しかし最澄はすでに天台宗を初めていたので自分の弟子だった泰範を空海の元で修行させます。これには他に異説もあり、最澄が空海が唐より持ち込んだ「理趣釈経」を欲しがったからとか伝法灌頂は簡単に受けられると考えていたからとも言われています。
とにかく空海の弟子になった泰範は最澄の再三の嘆願にもかかわらず、最澄の元には戻らず、ついには空海の十大弟子に数えられるまでになる…


ということで、一般的には最澄と空海が仲たがいをした、というような解釈がされていますが、

本当のところはそうではなく、

空海は最澄の死後、灌頂を授けるために何度か比叡山に行っていますし、

空海の甥は、比叡山で修行しています。

最澄は時間がないということもあり、書物で密教を極められると考えていたようですが、

空海は、密教は伝授するものだと考えていて、そこの宗教間の違いがあったようなので、最澄の愛弟子泰範は簡単には比叡山に帰れなかったということもあったのではないでしょうか。



そこで「伝授」ということに対して最近の私の疑問が一つ解けたのです。

私はヒーリングのエネルギーを、先生から伝授してもらいました。

書物や理屈で教えていただいたわけではありません。

ですが、私の目標は「一家に一人ヒーラー」がいる世界。

ですから、書物や理屈で教えていただいたほうがみんながヒーラーに目覚められるのではないかと思っていました。

はい、簡単に考えているし、とても浅はか。

もし、書物や理屈で授けた場合、受け取り手によっては解釈の違いが生まれてきてしまう。

例えば、オウム真理教。

地下鉄サリン事件やその他さまざまな殺人を犯してしまったカルト教団ですが、

トップの麻原は、密教を学んで、「人を殺しても地獄には落ちない」という部分を曲解していったようなのです。

だから解釈一つで、人をいかようにも狂わせられるということ。

とても危険なこと。

だから、伝授なんだととても納得。

私のスピリチュアルの先生も「本は書かない」と言っていました。

だから彼女は、必ずセミナーでいろいろなことを直接教える。

そして生徒の成長を見ながら話の内容を変えて行ったりするのです。

伝授とは、秘儀や奥義を伝え授けること。

つまり「真実」しか伝えられない。

そこに個人の勝手な解釈や都合のいい憶測はない。

ただその伝授事を使って成長していけるかどうかだけが、伝授を受けた者にかかってくるだけなのだ。

生きることは、成長すること。

私にとっての楽しみは真実を見つけること。

     

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