たとえ話☆

  • 2017/01/26(木) 11:21:41

世の中には「成功法則」なるものがあふれている。

それはたいてい、成功した自分をイメージすると、行動が伴い、結果成功する(かなりざっくり💦)というもの。

それはそうなんだけど、成功しているイメージを持ち続ける、あるいは、成功しているイメージとは???が具体的にわかりにくくて素直に喜べない、または本気でその気になれないなど、

いろいろマイナス思念が己を支配し、余計不安になったりして・・・

そうだよね

そうやって迷うから人生を何百回も何千回もやってんだもの。

すぐに納得なんかできるわけないさ。。。

そして昨日、インドでディクシャを学んだディクシャギバーであり、現役の真言宗僧侶である和尚にいい話を聞いた。

私はひそかに〈よし!ブログで使おう!〉と脳内メモ(;^_^A

それは『矢』に例えられる。


私たちは『矢』を打つとき、的のど真ん中を矢が突き抜けていくのを想像する。

そのためにはどうしたらいいか、と、まずここから始める。

矢を打つ時の姿勢、

心構え

精神集中

環境など

ありとあらゆることを的に向ける

それは戦略という、マイナス思念

戦略を立てると、今度はうまくそれができるかどうかの不安が出てくる。

やってもいないのにジャッジ。

そしてそれは間もなく「失敗するかも」という不安に変換されてゆき、

その状態で放った矢は、的を大きく外れてゆく・・・

もちろん基本姿勢や、矢を放つ力強さは大事。

そこの努力はあって当たり前。

だけどそこで戦略たてすぎて、おぼれて撃沈していくのがほとんど。

その時に、矢が的に当たるためにどうしたらいいかから始まるのでなく、

自分の放った矢が見事に的のど真ん中に吸い込まれて行き、飛び上がり喜ぶ嬉しさを先に体感すること。

結果から始まる。成功はここに尽きる、と。

私の頭にはその時、自分の放った矢が見事に的のど真ん中を打ち抜いていくのがありありと想像できた。

その気持ちよさ、爽快感!

手応え!

高揚感!

さて。

私は私のやりたいことに向けて矢を放った。


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